ファミリーの1歩先には親子スタイル

金は愛のかわりにならない

 親が忙しさにかまけて子供にかまってあげない代わりに、お小遣いをたくさんあげると子供がぐれることがあるという。本当だろうか?
 忙しい時にかまってやらずに、おもちゃを買ってごまかしたり、DVDを見せたりする。
 さらに子供が大きくなると、小遣いをあげて勝手に遊ばせるようにする。
 そんなことがたまにはあってもいいと思う。
 親だって人間だから、いつでも全身全霊で受け止めていたら疲れる。
 
 でもいつもそんなことをしていたらどうなるのだろう?
 人間は本気で相対されることで、初めて愛されていることを実感する。
 子供は親に対して全身全霊を要求する。親が子供のために全精力を注ぎ込むことを求める。これに対してごまかしたり、かわしたりすると愛されている実感を持てなくなる。
 いつもお金を与えていると、お金をあげている側は自分の貴重な物をあげることは愛をささげることだと勝手に錯覚する。お金をあげる側は愛していると思っているが、もらう側は愛されている実感を得ることができず、言いようのない索漠としたより所のない気分になる。

 お金は確かに貴重なものだが、普通に生活していれば、「いつの間にか」そこにあるものなのだ。漠然とただ稼ぐものである。場合によっては自分自身が全く働かなくても収入のある人すらもいる。そしてお金は使い切れないほど持っている人もいる。

 しかし、誰にとっても自身の生きている時間は有限である。
 生きているということは生命を燃焼させることだ。
 愛するということは、自身にとって一番貴重な、かけがえのない生命のひと時を、ある人のために燃焼し尽くすことだ。と自分は思う。
 子供に対してだけではない。恋人同士でもそうであろう。
 お金やプレゼントをあげても、自分自身の生命のひと時をその人のために使ったということにはならない。

 高価なプレゼントをもらう。
 それはうれしいことかも知れない。
 欲しくてもなかなか買えないものであればまさにそうだろう。
 ところが、それだけのことで愛されているという実感が得られるであろうか?という問いに対して、答えは明確に「否」である。

文責 田村義隆でした

※当サイトのコラムはスタッフ個々の私的な見解及び文責にて公開されております。
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