ファミリーの1歩先には親子スタイル

子供にも教えたい本の読み方

読書の方法は二つある。
勝間和代氏がさかんに説いている速読がまず一つ。

私はかつて、副業で書評を書く仕事をしていたことがあった。毎週締め切りがあって、そのタイミングまでに10冊の本の概要と感想を提出しないといけない。
ひたすらしんどい。むちゃくちゃにしんどいのだ。
締め切りの前日は会社から帰ってきて、壁にもたれて仮眠を取る。横になって寝るとそのまま朝まで眠ってしまうからだ。
夜中の2時前に起きて朝まで頑張って、時間が余れば少し寝て会社に行くわけだ。
1週間に10冊も仕事の合間に本を読むとなると、どうしても斜めに読むしかない。

この時に早く本を読む技術を身につけたというか、悪いくせを身につけたのだった。

例えばこんな文章があったとする。

「私はいつもと変わることなく、まったく同じ時間に起き、いつものようにオートミールと濃いアイリッシュコーヒーを採り、歯を磨き、着古したスーツに着替えた。」

こんな文章を見たときに頭の中で勝手に要約してしまうのである。

「私は・・・起き・・・た。」

段落の最初と最後をぱっと見て、中間の語句は単に修飾語句であるということで切って捨て読まずに素通しする。それで大意はわかるのだ。
ビジネス書を読む場合はこれで大体事足りる。というかこんな読み方をして、時間を節約したほうがいい。なるべく早く読んでたくさんの本に目を通したほうがいいという勝間氏の論はビジネス書については正しいと思う。

しかし、小説などになるともう一つの読み方が必要になってくる。
なるべく、ゆっくりと、一つ一つの語句を心の中に飲み下して読む必要があるわけだ。先ほどの文章の例で言えば、この文章は様々な伏線になっている可能性がある。

いつも同じ時間に起きているということが、何か特別な意味を持っているかもしれない。
起きた時に見たものがあって、起きた時間がいつも一緒だから、そのときに見たということに意味があるかもしれない。

オートミールとアイリッシュコーヒーを朝食に摂るというのは、明らかにこの人物のライフスタイルを語っている。

着古したスーツという一節も、服装にこだわらないとか、この人物の経済状態がよくないというようなことを暗示している。

そもそも小説という表現においては、余計なものは一切ないはずなのだ。
小説はなるべくゆっくり読むべきだということを、坪内祐三氏は雑誌の対談の中で(わかる人には何の雑誌かすぐにわかってしまいそうだ・・・笑)語っていたが、まさしくその通りと膝を打った思いだったのである。

漢文の古典をゆっくりかんで、ゆっくり丹念に咀嚼して血肉にしていったということが、昔の知識人を作ったのだろうと思ったりしたのだ。
本の早読みは物知りな人を作るけど、知識人を作ることはできない。

私が高校の頃、毎週読書感想文を父親に提出していた(提出させられていたという方が正しいか)時期があった。不思議なもので本というのは、自分で読めば面白いのに、人から強制されるといやなものだ。
しかし今思えば、1週間かけてのんびりと一冊の本を読むというのは、とてもいい経験だったと思う。

この坪内氏の対談を読み、本はゆっくり読まなくてはならないということに思い至り、最近になって本の読み方を改めたのだ。
子供にも本をいっぱい読めというだけではなく、きちんと読むことを教えるべきだと思ったという次第である。

親子スタイルアドバイス
■お勧めの対象 どなたにでも
■コメント 本を本当に味わって読むこととは何か?ということについてちょっとだけアドバイスです
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