ファミリーの1歩先には親子スタイル

♪桜・さくら・サクラ・SAKURA・・・


卒業ソング」や「サクラソング」というジャンル名を目にするようになったのは、ここ数年だと思います。その歌も街やラジオで聴くだけでなく、卒業式で自分たちで合唱するスタイルも定着しています。
今年あたりは「桜ノ雨プロジェクト」のようなネット時代ならではの現象も話題になっています。

しかし、どれもこれも「桜・さくら・サクラ・SAKURA・・・」では、もうどれが誰の曲かオトウサンにはわからんぞい!


卒業ソングの元祖「贈る言葉」がヒットした時が、ちょうど高校卒業の春でした(歳バレバレです)。それまでの卒業式は「仰げば尊し」と「蛍の光」だけでしたから、ぼくの年代以上であれば「卒業ソング」という体験がそもそもありません。

その頃の「春」の定番ソングといえば、「なごり雪」「卒業写真」「春一番」「北国の春」(笑)あたりでしょうか。かたや化粧品のキャンペーンソングが毎春のヒットチャートをにぎわせていました。今もラジオなどで耳にすれば、思い出も歌詞もよみがえります。

思いつくまま鼻歌で歌ってみると、フルコーラスがすらすら出てきます。そこで気がつくのは、

どの歌詞にも「サクラ」が全然出てこない・・・。

びっくりするほど見当たらないのです。同じ春の歌でも、ひたすら「サクラ、サクラ」をリフレインする最近の歌とは、イメージする光景も心情もずいぶん違いそうです。

当時の歌の春の要素を考えてみると、春風、雪解け、小川、草木の芽吹き、生き物の巣立ちや目覚め、かえるの子、つくしの子などなど、自然についての表現がとても多彩です。それらが相まって「春の空気」そのものがイメージできます。でも「桜」はありません。

ぼくは東京の郊外で育ちましたが、当時は田んぼや裏山もちょこっとずつは残っていました。そんなささやかな「身近な自然」のおかげで、「自然の営みとしての春」と「若者の巣立ちの心情」とが、なんとなくイメージがつながっていたように思えます。つまり、思春期の言葉どおり、カラダもココロも自然と同じように目覚めていく、的な「身体的な感覚」があったような気がします。

いっぽう「桜」は、もっぱら狂い咲きとかワビサビとか、およそ青少年向きでない「シュールなオトナの世界」だけに使われていて、少なくとも春の要素ではなかったんですね。

今や「桜」は、都会でみられる数少ない花ですが、自然というよりはクリスマスツリーと同じようなマーケティング上の記号やカレンダーではないでしょうか。それを思うと「サクラソング」の描く風景は、あまりに人工的だったり観念的で、自然と結びついたカラダとココロで感じるような「春の空気」がないように思えます。

「桜だけが春じゃないよね?のせられてるだけじゃないの?結局半径2メートルの世界からは卒業しないの?」
ぼくが「サクラソング」に感じた違和感は、そんなところだったようです。

最近の「卒業ソング」や「サクラソング」も聴いてみれば、それぞれの曲は魅力的です。そして歌をきっかけに、昔はただ受け身だった卒業式が参加型になったことは、すごい変化なのかもしれません。春休みにしても、ぼくなんかは感傷的に過ごしてましたが、息子はスケジュールびっしりでよっぽど「リア充」な感じなんですよ。

時代や環境が変わっても、やはり若者には春になると元気になるポテンシャルがあるようです。まさに「内なる自然」なのかもしれません。

(せきね けんいち)

親子スタイルアドバイス
■お勧めの対象 春休みは家族でカラオケでも
■コメント 年齢ごとで曲も思いもまったく違うと思います。そして、今年の歌も卒業生たちの一生の歌になっていくんでしょう。まさに歌は世につれです。
ウィキペディアはむしろこういう情報が楽しいですね。
■参考 卒業ソング 桜ソング
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