姫先生です。
前回からのケータイリテラシーについての続編です。
前回の記事でも
「最後に勤務した学校(中学校)でも、保健室に持ち込まれる人間関係トラブルには、必ずと言っていいほど、メールや掲示板での書き込み、ブログへの誹謗中傷などが絡んでいました。」と書きました。
子どもたちのコミュニケーションが、アナログコミュニケーションがからデジタルコミュニケーション依存へと移り変わっている現在、ミスコミュニケーションはますます根深いものになっています。
1分以内に返事を返さないと「無視した」「友達なのに」といわれるピアプレッシャーの中で子どもたちが苦しんでいるという現実があります。
メールという一見、お気軽、お手軽のはずの文字コミュニケーション。
子どもたちの中には、アナログのコミュニケーションで相手の表情にとても敏感になっています。
ちょっとした相手の表情の変化で
「今の言葉は、まずかったのか」「私の言い方は相手の感情を害したのか」ということを必要以上に怖がっているという子どもたちもいます。
その結果、手軽な文字コミュニケーションで。。。となるのですが・・・・・
息遣い、表情、トーン。。などの相手のコミュニケーションの大切な情報が見えない文字コミュニケーションこそが、さらに深いミスコミュニケーションを引き起こしていることに、子どもたちはあまり気づいていません。
「伝えているのに伝わっていない」というコミュニケーションは、私たちの日常のアナログコミュニケーションでも起こっていることです。それが、文字媒体だけであれば、さらに「伝わらない」のです。
そもそも、コミュニケーションとは、わずらわしいもの。
手間がかかり思い通りにならないことだらけです。
それゆえに、それを乗り越えて、わかりあえるすばらしさを 生身の体で感じることで学んできたことがありました。
そうしたわずらわしさを解消するかのように表れた携帯メールでしたが、
そんな便利なコミュニケーションツールが生まれてきたはずなのに、人間のコミュニケーションにかかわる問題は一向に解決の方向に向かっていないというのが現実ですね。
私がとらえているケータイと子どもたちに関連する問題には・・・・
視力低下 ・生活リズムの乱れ ・ゲームづけ・他人の生活時間への侵入・個人情報流出・ネットいじめ・ネット詐欺・出会い系・わいせつや残酷映像への接触・・・
といったろころでしょうか?
最近の傾向として、ゲームサイトという名目のサイトでありながら、実質的に出会いの温床となっているものもあります。無料ゲームサイトだから安全と思ったら、たいへん危険です。
また、プロフとよばれる個人の紹介サイトでは、子どもたちが不用意に個人情報を公開しているという現実もあります。名刺代わりに使っているということもありますが、アクセス数を増やすために自分のヌードや下着姿などを公開している子どももあります。
個人の個人情報ならまだしも、友達のメールアドレスや実名などをネットで公開してしまうという安易さが多くの危険を呼び込んでいます。
中高生の多くは、インターネットを携帯電話で使用します。あまりパソコンは使わないのが特徴のようです。つまり、、まったく個人的な空間で自分だけの世界にいつでもどこでも楽しめるという状況がつくられていることになります。
また、フィルタリング機能もケータイの場合は、パソコンほどの細かな設定ができないうえに、高額な資金がかかるため、なかなか安心できるフィルタリングであるという状況でありません。
ネットにおけるいじめは、24時間、場所を選ばすに行われるという点で、いままでのいじめとは少し違っています。ネットいう世界中につながっている場では、個人を特定できる屈辱的な映像も簡単に流れてしまいます。いままでは、家に帰れば逃れられていたいじめが、執拗に追いかけてくる、その中でネットいじめにあった子どもたちは、心身ともにぼろぼろになってしまいます。
なんだか否定的なことばかり書いてしまいました。
ケータイを持たせるか持たせないかという単純な問題ではありません。大人が開発し普及させておきながら、「やっぱだめ」ととりあげるのは、こんぽんてきなかいけつさくではありません。
子どもたちには、もっともっとコミュニケーションというものについてたくさん学んでほしいと思っています。
そして、子どもたち自身が、ケータイについて主体的に改善していくことができる場を持つことも大切なのではないかと思っています。
教育や子どもたちの心と体に関する問題は、いつも、対処療法的で、予防策が遅れていると感じています。
※当サイトのコラムはスタッフ個々の私的な見解及び文責にて公開されております。
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うちの娘も「成りすまし」で自分の名前で他に対する誹謗中傷を書き込まれたことがあり、それで学校から呼び出されたこともありました。ケータイをめぐるいろいろな問題は確かに大きいと思います。
姫先生がおっしゃるような状況は娘からも時々リアルな友達の話として聞いていました。大人だってネットのトラブルが絶えないのに、まだ未熟なティーンがコミュニケーションでうまくいかないのは当たり前だと思います。
でも・・・
>大人が開発し普及させておきながら、「やっぱだめ」ととりあげるのは、こんぽんてきなかいけつさくではありません
やはりそう思います。大人が安全に使えるよいフィールドを提供して、子ども自身に気付きの場を与えることが大切なように思います。
学校でも家庭でもコミュニケーションを学ぶ機会をもっと作れると良いですね。
自分の記事だとついおちゃらけてしまうのですが、さすがに姫先生からだと、危機感がきちんと伝わります。知る限りの指導現場の方々も例外なく非常な危機感をお持ちです。
大人には他愛なくみえる(完全にヤバイのも普通にありますし)書き込みや有害情報で、どれほど子どもが「ボロボロ」になるかは、直接向き合っていないと想像すら難しいです。
>いつも、対処療法的で、予防策が遅れていると感じています。
とおっしゃるとおりで、たぶん何年もかかるし「今」傷ついている子どもは救えないと思っています。
姫先生のお話を聴く機会もなく、親にもケアされない子どもが圧倒的に多いのが現実です。そんなことで、携帯とネットについての「親の過干渉」は保護「義務」だろうな、とわたしは考えざるをえないです。