こんばんは。姫先生こと桑原です。
いよいよ学校では、新学期が始まりましたね。
早いもので、この4月から平成21年度。
平成になってからすでに21年目なんですね。
「平成」と聞くと、私は、今でも一つのキーワードを思い出します。
「性教育元年」なんて言われていました。
私が、いわゆる性教育というものに取り組んだのは、実は、教育実習生だったころから。学生時代からすごく取り上げて研究していたテーマでした。
教育実習に行った小学校で、研究授業を何にする?と言われたとき、迷わず、「性教育」と言って、担当教官を驚かせた覚えがあります。
昭和58年に教員(保健室の先生)として小学校に赴任した年から、退職する平成20年3月まで、私のテーマは
「性・生・いのち」
この3つは、同じものであるという認識をもって、そのことを扱う授業を「いのちの学習」と呼んでいました。
性の問題は、いのちの問題。そして、生の問題です。切っても切り離せません。
この3つを別々に語ろうとすると、いわゆる「性」の部分を語るときに、非常にぎくしゃくしたものになります。そこには、なぜかしら「性」というものの隠匿性などがあるからでしょうか?
思春期になると、女の子も男の子も、「性」というものが、大きな問題になってきます。親として、どう語ってよいものか。。。。と悩むこともあるでしょう。
現職時代は、保健室の先生として、子どもたちがより深く「性といのちと生きること」を学べるよう、小学校1年生から「いのちの学習」プログラムを作り、実践してきました。
性の問題を語るとき、一番根底に流れるものは、
「あなたは、唯一無二のかけがえのない存在である」というメッセージです。
これを抜きにして、性器のことも、セックスも、避妊も、男女交際も、性描写の激しい雑誌のことも、二次性徴も、妊娠も、出産も・・・語ることはできないと思っています。
私がいのちの学習を始めたばかりのころ、どれくらいの抵抗が保護者にあるだろうと思って、覚悟をして始めたのですが、ほとんどといってよいほど、反発はありませんでした。
私は、退職までに、4つの小中学校に勤務しましたが、どこの学校でもそうでした。
それは、まさに、根底に「いのちのメッセージ」があったからではないかと分析しています。
思春期における「性・生・いのち」の授業では、私はよくこんな話をしていました。
「過去から、受け継いできたあなたの命。
あなたに命のバトンを引き継いでくれたご先祖のだれか一人でも、途中でバトンを落としていたら、あなたは、この世に存在しない。
天変地異や大きな戦争に遭遇しながらも、あなたに命をつないだ数えきれない人たちがいるのです。
思春期を迎えたあなたには、二つの責任があります。
ひとつは、いのちのバトンを受け取ったものとして、自分自身を大切にする責任です。
自分の心も体も、本当の意味で大切にすること。
それは、自分の人生全体に対する責任でもあります。
二つ目は、あなたの体で始まっている次の命に対する責任です。
男の子には、男の子の、女の子には、女の子の次の命に対する責任があるのです。
産ませる性と産む性は、それぞれが、心の底から尊重し合う必要があります。
健康も大事。心の成長も大事です。
そして、お互いが尊重し合う恋愛ができることが、人生をより素敵にしてくれますね。」
次回から、実際に行ってきたいのちの学習をかたりながら、家庭でかたる「性と生。いのち」のメッセージの伝え方をお伝えします。
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このテーマ是非姫先生に扱ってほしいと思っていました。
思春期と性は永遠のテーマというか、切っても切り離せないと思います。
私は娘たちに女性としての「性」を楽しみ、そして納得と覚悟をした上で新しい「生」へつなげていってほしいと願っています。
今でこそ、娘たちとオープンに話をして母としてどうしてほしいかということも伝えられていますが、やはり最初は戸惑いはありましたね。
これからのエントリー楽しみにしています。
まさに娘達にどう話して行ったらいいのか、悩んでいたのでこれからも伝え方のエントリーなどなど楽しみにしております!
子供に本を通じて伝えたいと思ったものの、かんじんなところはぼかしてるか、露骨すぎるかのどちらか。気持ちにぴたっとしたものがなく、自分で娘のために物語を書いてみたりしたけれど、それも技術がともなわなくて今ひとつ。今も悩み中なので、ぜひ参考にさせて下さい!