ファミリーの1歩先には親子スタイル

母親の死について考える

私の知り合いのブロガーさんである。
小さい子供を持つお母さんだ。
あまり多くを語ると、個人が特定できてしまうかもしれないのでそれ以上は書かない。

具合が悪くて病院に行ったら癌だったそうだ。
状況によっては数年持たないかもしれないとのこと。

私の妻の姉であるが、まだやはり子供が小さい頃癌で亡くなった。呼吸困難のため気道切開し、最期は何も話すことができなかった。呼吸困難の苦しみの中、この世から去った。最期に何を想ったのかを今となっては知るすべもない。

私は自分自身が死ぬということに対して、大して恐ろしいとは思わない。
苦痛なく死ねるのであれば、さほど恐怖心を感じない。
しかしながら、残された家族のことを考えるととても切ない気分になる。自分自身の生命には執着したくないが、残された子供や妻のことを考えると死ぬことはできない。

長女が生まれたとき、妻は産院に入院していて私は単身赴任していた。

仕方がないので、長男を親戚の家に預けていた。
週末になって親戚の家にようやく帰ってきた。

「ぱぱ、すごくあいたかった。ぼくすごくさみしかったんだ。」

と言ってさめざめと泣いた長男を抱き上げたときに、自分が本当に必要とされていることを心から実感した。家族を残していくわけには絶対いかない。


その時、自分は自分のためではなく、自分を想ってくれる人のためにあるということを知った。
家族を残して旅立たなくてはならない無念さというのはいかなるものか?
何も語ることのできなかった最期はいかばかりだったのか。

亡くなる数日前。

一度家に電話がかかってきた。
無言電話である。
いたずら電話かと思って、しばらく「もしもし」と妻が呼びかけて応答がなかったので電話を切ったのだが、あとで思えば姉からだったのだろう。
どうすればよかったのか?

たった一人世の中から切断されて逝かねばならないものに、この世の中のものがかける言葉があるだろうか?それでも何か言うべきだったのだろうが、それならば何を言えばよかったのか?

結局冒頭のブロガーさんにはいまだにコメントをしていない。
おそらく記事をアップしているのだから、何かのコメントを期待しているのだと思う。でもどうしたものかと考えているのだが、考えてもわからない。皆さんならどうするだろう?

親子スタイルアドバイス
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