ファミリーの1歩先には親子スタイル

「森ガール」は果たして実在したのか?!

世界の頂点を競う選手たちの演技は、まさに氷の上を自由に飛び回る妖精のようです。「こりゃ人間ではない何かが乗り移ったにちがいない」と思うこのごろです。
勝負の世界も大変ですが、入学進級だったり、いよいよ年度末だったり、ついつい妄想に逃げたくなったりします。木の芽疲れなんでしょうか、それともナニかいるんでしょうか・・・。

その1.「カメラ持った渡り鳥説」

去年ウワサの「森ガール」。なぜ急にメディアから姿を消したかと気になっていました。
何やら「秋?冬が好き」らしいので、春になるので北欧とかに渡ってしまったんであろう、と思っておりました。

その2.「妖精の秋冬バージョン説」

本屋に出揃った春のファッション誌を眺めると、何やら春は「妖精」風とか。なるほど、春になると「森ガール」は「妖精」になるということですか。
いきなりその辺を飛び回れるもんなんでしょうか。密かに練習を重ねていたりしいるんでしょうか。

その3.「ゆるゆるエバンジェリスト説」

ぼくなんかはmixiとかに居場所はないので、勝手に妄想するばかりなのですが、コンセプトたる「森にいそう」には、勝手にイメージを広げさせる「ゆるさ」があります。ファッションにとどまらずカルチャーとか生き方とか、好き勝手な想像力をかきたてます。

列挙されている何十もの項目について、ツッコメばツッコムほどに「本物っているの?正解なんかあるの?」と思えてきます。「森」でも「沼」でもアンチでも、はたまた「森ビルのOL」でもオッケー。

つまり「正解」を否定しているかのようです。おそらく、正解がないと困るのはファッション業界の方々ぐらいでしょう。
「ゆるく生きるってゆうのわぁ、正解とかどうでもいいんじゃない?ってこと」という大変ありがたいメッセージに思えます。
(リンクはmixiのIDが必要です。)

その4.「森の未確認生物説」

それぞれの憶測や想像力が、好き勝手に森ガール像をつくりあげているので、河童・キツネ・タヌキのような実体がわからない未確認生物状態でもあります。

ちょうど去年の秋に森ガールの図鑑本(?)が出回った頃、「座敷わらしの宿」が火事に遭ったのを憶えている方も多いと思います。人的被害がなかったのは何よりですが、やはり気になったのは「座敷わらしはどうした?」でした。

ぼくの自宅周辺も10年くらい前はタヌキが出没しましたが、地元に長く住む伯母は若いころマジでキツネに化かされた体験があるといいます。
やはり、キツネが化けている森ガールも少なくなかろうと、ひそかに思っています。ちなみにオシャレであればモノノケのたぐいでも大歓迎です。

その5.「DNA誘導説」

「森」という土の香りのあるコトバは、それだけでちょっとした世界観をもったファンタジーになります。「木を見て森を見ず」という大局的な見かたも大事なんですが、「森」にいたっては情報や知識で「見ても」理解できない。むしろ見えないモノを感じたり信じたりすることで、理解するものだろうと思うわけです。

山や森、まして街でも、いろんな目に見えないモノがいることを、感じる力は誰のDNAにもあるように思います。人間は百万年くらいは森ととも生きてきましたから、ここ10年かそこらの価値観とは年季が違います。
それこそファッションで終わることなく、何年も何世代かかってもいずれ「森に還る」ではないでしょうか。

■参考:原生林に還らんとする森ガールの指DSC00834_300.jpg(項目#13:短いネールが落ち着く・・・らしいです(笑))

結論:「やはり疲れてました・・・」

現実社会では「目に見える正解の追求」は避けられませんから、人間は「目に見えない世界」でも生きていることをついつい忘れそうになります。

受験や新しい環境に疲れたなら、現実社会とファンタジーを自由に行き来できる力を、誰もが持っていることを思い出してほしいです。若い頃はそんなチカラも強いはずです。

いまの時期は、その辺の公園でも芽吹き寸前の木々の生命力に満ちています。きっと見えないモノと対話できると思います。

(せきねけんいち)

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