ファミリーの1歩先には親子スタイル

多摩川越えたら関係ないんじゃね?(都条例改正案でいろいろ思ったこと)

平戸さん神谷さんに続きまして、「東京都青少年の健全な育成に関する条例」改正案ばなしに乗っからせていただきます。

ぶっちゃけ都外の人間には関係ないじゃん感もあったりはしますよねえ。(すいません!)
もちろん都内の公立校は指導に直結するでしょうし、何よりもご指摘のとおり「つっこみどころが多すぎ」なのが、むしろネタなんではないかと思うくらいです。


(ちなみに全国向けに解説しますと、多摩川は東京都と神奈川県の県境。ぼくはギリギリ神奈川県側の住人でして。)

じつは息子の高校では、携帯を校内への持ち込む「権利」を生徒会の自主決議で「勝ち取った」のだそうです。それまで禁止されていたのを、授業中は電源を切るとか、サイトで悪さをしないとかの、ルールを自主的に守るという「責任と義務」と引き換えに手にした権利なわけです。「権利・責任・義務」を実体験で学んだだけでも、携帯サマサマです。
もっとも決議から10年近く経つので、いまや生徒集会で自治をアジる時の語り草状態なのですが・・・。


で、いきなり飛びますが・・・。
先日は噂されていたとおりGoogleが中国から撤退しました。こちらで議論されているのは「究極の情報管理」で、政治やビジネスの思惑も地球レベルです。海の向こうの話なんか、ますますウチらには関係ないんでしょうか。

Googleは北米はもちろんEUや南米でも一人勝ちですが、日本ではヤフーに、韓国ではNAVERに、実は勝ててません。ざっくりいえば、なんでだか非アルファベットの文化圏では嫌われてるんですね。
いろんな思惑以前に、コトバの文化そのものに目に見えない国境があるかのようです。(ちなみにインドはGoogleだそうで、ヒンドウ語と英語は相性がいいみたいです。)

また携帯では、日本の市場は「ガラパゴス(規格や市場が海外と大きく異なる発展をしていること)」とまでいわれる特異性があります。
さらには、最近の子どもたちのいわゆる「半径5メートルの世界観(身近な関係性だけに引きこもる)」も、携帯やネットとの関わりによるといえます。

半径5メートルも、多摩川も、Googleも、なんだか境目としては同じように思えてしまいます。つまり、ふだん打ち込むコトバのひとつひとつの積み重ねが、世界中にいろんな境目を生み出しているようです。


なんだか多摩川越えたからって「関係ない」はありえなさそうです。
となれば、管理する側の思惑ではどうにもなりそうもなくて、企業やお上や学校も、実は親も出る幕はないかもしれません。

「自己責任」というのは、突き詰めれば自分の身体やココロを守る境目だと思います。それに気づく力は自分たちの五感で学ぶしかない。
手の中の携帯が世界とつながっているということは、日常的に「世界の中での権利と義務」を学ぶ道具だということを、ちょっとずつでもわかるように、ぼちぼち仕向けたいなと思うばかりです。

(せきね けんいち)

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