ファミリーの1歩先には親子スタイル

DNAで受け継がれるもの、環境で影響されるものは大きい

子供のころから「私はママやお姉ちゃんとは違うふうに生きていく」と豪語していた次女。
「将来の仕事もまだ決められないけれどぜったい同じようなことはやらない」と言っていた。私も「それでいいんじゃないの。好きな事をやりなさい」と常にそういう姿勢でいた。

その娘が大学2年生になって「やっぱりデザインの仕事がやりたい」と言っている。

私と長女は美術系の学校を出てからIT系の勉強をして、基本的には似たようなコースをたどりながら、現在は別々のところでWeb制作の仕事に携わっている。
長女に対しては小さいときから期待やら夢やら私の願望も強く、今思うとそれが良し悪しで同じ感覚で共感できたりすることも多かったけれど、反面反発もあって関係がギクシャクしたことも多かった。
長女側からしても「ママの思い通りになりたくない」という気持ちと「がんばってママを喜ばせたい」という気持ちが常に両方あったんだと思う。


そんな様子を見ていた次女もまた「ママはお姉ちゃんのことを期待しているけれど私にはあまり関心がない」「私はお姉ちゃんとは違うし、お姉ちゃんみたいにはならない」と、反発心やら、羨望やら、嫉妬が織り交ざった状態で、何とか同じ土俵に立たずにやっていける自分の道を模索していたのだと思う。

でもそういう親子兄弟関係の感情論とは別に、やはり「血は争えない」と思うことは多いのだ。もともとDNAとして受け継がれたもの、そして同じ環境で育ってきて共有してきたものの影響はとても大きい。本人がその時々でどう思おうと、脈々と受け継がれているものは確かにあると思う。
もちろん、いい面も悪い面もだけれど。

次女は特別に美術系の教育を受けているわけでもなく、これまでずっと違う事をやってきたにもかかわらず「それができる」のだ。
デザインワークにおけるものの考え方掴み方が学ばなくてもできるので、表現方法は稚拙でも的をはずしていない。
更に回り道してきた分、私や長女になかった発想や手法を思いつくので彼女の作品はなかなか面白いのだ。

そうかと思えば、一度作業に入るとわき目もふらずやるので、部屋は散らかり放題、他のことはそっちのけ、邪魔されると不機嫌になったりすることも目も当てられないほどよく似ている。親はやっぱり鏡なんだなーと恐ろしい。

親の期待を受け反発しながらも王道を行っている長女、「好きなようにしないさい」と何の制約もなくあちこち迷いながらやってきた次女、それぞれ違いはあるものの結局同じ方向を向いて進んでいる。

すべてが当てはまるということはないとしても、教師の子供が教師に、医者の子供が医者に、役者の子供が役者に、デザイナーの子供がデザイナーになるのは、ある意味理に適ったことなのかもしれない。
親がその道において期待しようとしまいと成るようになるんだなーと思う。

子供に自分の価値観を押し付ける親が多くなっていると聞く、常に先回りし子供にとって良かれと思う方向でレールを敷く。そしてそのレールを迷わず進む子供もまた多くなっている。

それ自体を良い悪いと言うつもりはないけれど、そんなことをしなくても、親が正しく真摯に生きていれば、そして子供を愛情を持って見守る姿勢があれば、結果として大きくぶれることはない。

親が楽しいと思うことを子供も楽しみ、親が嫌うものを子供も嫌い、親が目指すものを子供も芯では理解している。焦らずとも親の思いは子供には通じているし、言わずもがな親の価値観は受け継がれるものだと思う。

子供が育つ過程ではいろいろな影響があるのがあたりまえで、親の望まない発言行動も出てくるかもしれない、でも思春期を過ぎたあたりで子供が自立を考えはじめたときに、ベースになることはこれまでの生活であり、また親の生き様だと思う。

植物も土がよく栄養や水が適度にあれば、そのまままっすぐよく成長する。
虫がいればときには駆除も必要だけれど、水をやりすぎると根腐れしてしまうこともある。
子供の成長もある意味似ていると思う。

親の役目は「土」を良くして、環境を保つ事。
そしてちゃんと成長しているか愛情を持って見守る事。
そして自分自身納得できる生き方をすること。

それ以上の『作為』はあまり役にたたない。
子育て時代が終わりかけている今、そんなやさしいことに気づいたわけだ。

文章:大橋ゆり

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