山本モナさんの入籍報告のニュースを見た娘。モナさん直筆署名入りファックスに、???
「『この度、かねてから交際させていただいておりました男性と』って、変じゃない?させていただいておりました、って、いただいておりましたは二重敬語だし、さらに、させてがついてるんだよ。」
うーん。確かにどこか変だけど、モナさんは元読売テレビのアナウンサーだし間違えてるわけじゃないだろうし・・・。
「この場合マスコミに対してのファックスなので、敬語の先はマスコミ関係者よね」と私。
「じゃあ、交際していた男性と、でいいんじゃね?」
「モナさんはタレントだから、マスコミの方々のおかげもあって(温かい目で見守ってくれていたとか?)交際できていた、っていう気持ちがあるんじゃない?だとすると、『させていただいて』、はわかるかも。でも、それなら『おりました』は二重敬語だわね」。ならば「『させていただいて』は、交際して入籍した相手に向けたのかな?そして『おりました』は、マスコミに対してかな?いや、『させていただいておりました男性』なんだから、すべては男性に対しての敬語よね。マスコミ向けファックスで、入籍した相手に敬語を使わなくてもいいわね」
「だよねー。『させていただいておりました』なんて、どんだけへりくだってるって話だしー」
こんなことでいちいち話し合う母娘です。正解がわからずにスッキリしませんが、娘の意見はおもしろいなー。
アハハ・・・なんて笑っていたら、
「敬語ってイマイチよくわからない。正しい使い方を教えて」、ですって。そう言われても私も自信ないな・・・。娘は言葉に興味があるようで、こんなことも言いました。
「使わない言葉って結構ある。○○あった?って聞かれると、なかったですって言っちゃうんだ。ありませんでしたって出てこない。あと、ええ、っていうのも使わない」
「じゃあ変わりになんていうの?」
「はい、っていう」
なかったです、は間違えではないけれど、言葉として少々雑な感じ、美しく聞えませんので、ありませんでしたの方がよい気がします。はい、は返事とししてはよいけれど、あいずちとしては、適当ではない場合があると思うのです。
強い母音(aとi、口の動きが縦から横へ大きく変化)の組み合わせなので、相手の話の流れ、考えを中断させてしまうこともあると思います。
そういえば、人の話を聞くときは、きちんと相手の目を見て聞いていますよ、と合図のために、わかったら「はい」といいましょう。と、小さいころに教えたことがあることを思い出しました。中2の時に校外活動でインタビューを担当してきた娘は、「話を聞くときには、ちゃんと目を見て、はい、はいって入れたよ」と得意気に報告したものですが、「はい」の按配も教えなくてはなーと思ったものでした。「ええ」という、やわらかいeのあいづちも重要なことを教えなくては。会話したり話を聞いたりするというのは、なかなか技術がいりますね。
そこで、最近私が感激したことを娘に話したのです。
ある対談の司会をした時のこと。私は、ある言葉の言い間違えをしてしまいました。その言葉を二度目に使った時、一人の方が、「言い換えれば○○は~」という表現でさりげなく間違えを指摘してくれたのです。何も言い換えていないんですけどね。明らかに間違えたので。訂正せずに言い換えてくれたおかげで、話はスムーズに移行。そこには、対談相手の方への配慮があったのでしょう。専門家である対談相手が、たまたま気づかなかったのか(もしかして私に配慮してくださったのか)、訂正しなかったため、自分の分をわきまえての、「言い換えれば」であった感じがしました。
相手を傷つけることなく、間違えを訂正するという、この技に感謝し、素晴らしい、と思いました。娘に話すと、「いい人だねー。そっか、そういう時は言い換えればって使うといいね」とやたら感心していました。
相手を思いやって会話を進めることの難しさを、大人になっても実感する日々。「日本語は敬語が難しくて嫌い。英語が共通語ならいいのに」と言う娘ですが、日本に生まれて15年の娘の耳は、正しい言葉を聴きたいと思っているようです。

(泉さやか)
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「日本人の知らない日本語」というドラマを木曜深夜にやっているのですが、そういう敬語の話とかもテーマになったりします。ファミレス敬語は正しい敬語ではないけれど、相手への気遣いからあえてそれを使っている等等。
あげれば間違った使い方はきりがないので、あれ?それは明らかに使い方を間違っていると思うときは、嫌味なく言い換えるといいかもしれませんね。
おもしろそうですね。見てみます。先日NHK深夜ラジオ「暮らしの中の日本語」のコーナーで、消滅せずに残っている流行言葉というのは、残るだけの理由があるというお話がありました。ダメとされる「ら抜き言葉」である「食べれる」も、「食べられる」だと可能な自分なのか、尊敬語なのかわかりにくい。必然から「食べれる」が使われるようになったということ。たまにはラジオも聞いてみるものだなーと思いました。
最近の子が使う、「しゃしゃり出る」の意味の「しゃしゃってる」など、省略したりアレンジしたりすることで、いきいきとその気分を表す言葉となり、あまり使われていなかった言葉が命を吹き返すこともあるのではないでしょうか。どんな言葉が残っていくのか楽しみです。