ファミリーの1歩先には親子スタイル

♪狭い日本の・・・「海離れ」

若者の「○○離れ」とかは、クルマやらスキーやら類挙にいとまがありません。若者の「海離れ」も、今年に限ったことではなく、粛々と進行していたそうです。どれほど暑くたって「海」がない夏なんて夏じゃないような気がして、ブルーな気分にさせられます。

昭和のおわりごろは、渋滞や混雑や日焼けをものともせず、あるいは大挙して島へ、とにかくみんなが海に繰り出してましたよねえ。

今となってはそれはそれで何かに取り憑かれていたようですらありますが、少なくとも若者は「夏は海に行く」と、信じて疑うことはなかったように思います。

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さて、ウチの息子の場合ですが、気がついてみれば中学以来、まったく一度も海水浴らしきものには行っていません。理由は、夏は部活の大会があるので完全に休みなし、合宿も山ばかり、ということで単純です。

ただ、部活なんぞズル休みしてでも行くもんではないかと思ってましたし、今は大学生なので多少はヒマもありそうなのですが、やっぱり本日時点でも予定もお誘いもまったくなさそうです。
ううむ、いつのまにやら完璧に「海離れ」の一翼を担っておりました。

また、世間での具体的な「海離れ」としては、観光面はもちろん深刻なのですが、飲料とか日焼け止めやスキンケアとかの夏向け商品の訴求も「海」じゃなくて「街」とかのイメージに転換しきたそうです。なるほど、今年に限らず「浜辺で水着のギャルがニッコリ」な宣伝は、いつのまにやら見かけなくなっていたわけです。

まあ、気分が盛り上がらないのは、このへんが大きいんですけどねえ。

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「海離れ」の現実的な理由としては、手近な街中の娯楽がいろいろと多すぎること、若者なりにいろいろと忙しいこと、が大きいと思います。ただそれ以上に、海自体のの魅力とかあこがれとかが希薄になっているようです。去年の調査でも「海が嫌い」という若者が増えていたようで、特別な事情がなくても「海が嫌い」になってしまうというのはちょっと想像がつきませんでした。

確かに今ならば「どうして、海に行くの?」という疑問が普通にありそうですが、昭和のころはそんな「疑い」すらまるで想定してなかった気がします。あえて何が目的かと思えば「ひたすら何もしないこと」だったのかなあ、と思います。(ボードもダイビングも釣りもたしなまないので、泳ぐか寝てるしかなかった・・・)

そんなのんきで哲学的ないいわけが通用しにくい時代になったことが、「海離れ」そのもののように思います。海で「ひたすら何もしない」ほど、自然のフトコロの深さや人間のちっぽけさを、カラダ全体で実感できる機会はほかにあんまりないですし、青春期にこそそんな時間があったほうがいいです。少なくとも「昭和のノスタルジー」として葬るのはあまりにも惜しい気がします。

だけど、今年は海に行かない理由が多すぎます。

(せきね けんいち)

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