ファミリーの1歩先には親子スタイル

子供のころの記憶は色あせない

最近またピアノを練習しています。
仕事が忙しかったときは全然弾かなくなり、引っ越しのときにはもう処分しようかとさえ思ったものですが、いざ弾き始めるとやっぱり「ピアノが好き」という気持ちがあふれてきます。
子供のころから好きだったものはやっぱり大人になっても好きなんですね。

「3つ子の魂100まで」と言われるように、子供のころの記憶や体験は本当に根強くその後の人生に影響することを最近特に実感します。一時期忘れたようでも絶対に根の部分で忘れないものだと思います。


私は母と相性があまりよくなくて「母のようになりたくない」と強く思った時期もありました。でも今ふと気付くと私の今の生活スタイルは、笑ってしまうくらい母と似ています。
昔、母が英語を家で小学生に教えていたことがあり、私と弟は口うるさく「英語はこれからの国際社会に絶対必要だから」と毎日のように言われました。でも言われれば言われるほどやりたくなく私も弟も英語は大の苦手でした。
でも今私はホストファミリーをして海外の若者たちと暮らし、英会話サロンや国際交流パーティーなどもやっています。相変わらず英語は苦手ですが、でも以前よりずっと楽しんでできるようになりました。
また弟も海外と取り引きや接待をするような仕事をしているので、あんなに英語嫌いだった私たちがこのようなことをしているなんて、なんとも不思議な話です。

また母は料理が好きでいつもいろいろ作っていました。でも家にいるときにあまり手伝ったりはしませんでした。そういう意味では私はおふくろの味は受けついでいません。
それでも舌の記憶はあるんですよね。昆布やおかかでとった出汁の味や、バターたっぷりの焼き菓子の味など、やっぱり手作りの美味しさはしみついていて、スーパーのお惣菜やコンビニ弁当、冷凍食品のお惣菜などが今でも食べられません。
いつしか私も母のように料理にこだわり手作りのものだけを食卓に出すようになりました。
最近は家族で集まると、母と弟と私がそれぞれが作った料理を持ち寄り、料理自慢大会のようになってます。

こんなことをアレコレ思い起こすと、どんなに反抗してもやっぱり親、特に母親の影響は良くも悪くも避けようがなく大きいということを思い知らされます。
うちの娘たちと私の関係もやはりそうだと思います。

娘たちはそれぞれ私にないものも持っていますが、根本的な考え方や、興味の方向性などえは極めて似ています。
私は娘たちに「自分ができなかった世界を見てほしい」と思い、娘たちが違う世界に飛び立っていくことを望んでいましたが、やはり向きのないところには長くいられないのか、結局は仕事にしても恋愛にしても似たようなところに納まりそうな感じです。
「あぁやっぱりそうなるのか~(蛙の子は蛙??)」などと思うこともしばしばあったり(笑)

どこの家庭でも多かれ少なかれそういったものはあるだろうと思います。
一生影響を与え続けるものであるなら、やはり家庭が「いいもの」であり、母の姿が「こうなりたい」と思うようなものであればいいと思います。
私は娘が子供のころはいっぱいいっぱいすぎて、それに気がつくのが少し遅かったと思います。もし今もう一度子育てをやり直せたらもっと楽しい家庭を作れたんじゃないかなな~なんてちょっと悔いている気持ちもあります。

でもそれがあるから今はそういった「場」づくりを自分の使命と思うようになりました。
娘たちだけでなく、両親や兄弟、ホストファミリーのゲストなども巻き込んで「この場」が多くの人に何かしら「よい記憶」となるようにしていきたいと思っています。

娘たちがこれから結婚したり、子育てをしたりすると、またきっと何か彼女たちなりのやり方で、そういったものを受け継いでいくのかもしれません。
それが楽しみだなーとも思っています。

文:大橋ゆり

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