ファミリーの1歩先には親子スタイル

痛い目をみる

諸事情から、わずか9ヶ月の中学受験を終えた我が家。無事に入学式も終えて、息子の中学生活は一週間を過ぎ、私も毎朝、お弁当作りに精を出しています。

息子が進学した中学は、東京の御三家には及ばないものの、地元では名門と言われ、偏差値も大学進学率もなかなかでしたので、親である私たち夫婦は入学前から、

「お金持ちが多いんだろうねえ…庶民、行ってもいいのかな…」
「優秀な子ばかりの中に入って、万年ビリはかわいそう…」
「マイペース過ぎて、先生に見放されたら…」

などと不安でいっぱいでしたが、実際に入ってみたら、

「学食のサンプルを食べるのは禁止で、以前、食べて停学になった生徒がいるんだって(それは停学じゃなくて、腹を壊して休学では?)」
「エアコンの温度設定を男子にやらせたら、極端にしちゃうから、絶対に女子のお目付け役がつかないといけないんだよ」
「身分証明用写真撮影の後、迷子になって(撮影場所と教室の校舎までは数10mもございません)、ずっと空いたままの席があって、先生が、ああ迷子か、って言ってた」
「ロッカーの鍵をなくして体操服が出せなくなって、鍵を探していて行方不明になった子がいたから、皆で捜索に出て、また体育館に集合したら、いつのまにか、その子が捜索隊より早く戻ってた」
「校章なくして、クラスメイトの上着を借りて撮影していた子がいた」

…やっぱり男子は皆、「嗚呼息子」なんだろうか?

なんだか少し安心したような、おかしいような気持ちのまま、保護者会に参加したところ、校長先生から、

「中学生にもなって、親に起こされているようではいけません」

の一言。まさに、毎朝怒鳴り飛ばして起こしている我が家は赤面しました。

「もう受験は終わり、中学生になったのです。自分のことは自分で、物も時間も学習も、全て自分で考えて、自分で管理できるようにならねばなりません。
家の用事もどんどんやらせてください。それしないと、自分だけでなく、家族みんなが困る仕事を与えてください。小言は控えて、罰は厳しくしてください。
いきなりできるわけではないから、痛い目を見せて、学ばせる必要があるのです。それが大学進学だけでなく、社会に出たときにものを言うのです」

要約すると、上のような内容を、校長先生から担任の先生まで、言い方は違えど、何度も何度も繰り返し、お話になり、

「親も子離れのときがきたのですよ」

という一言に、そうだ、あと7年もすれば、彼らは成人となるのだ、と、改めて思い出し、あとたった7年の間に、息子はどれだけ「痛い目」を見て、自分の力で生き抜ける人になれるのだろうか、と、親として、色々と反省しつつも、今後のことを考えるようになりました。

少子化や晩婚化で、私たちはついつい子どもたちを必要以上に「子ども」扱いしていますが、時代が時代なら元服の年、成人していた人もいた年齢です。自分で考え、自分で行動するのが当然で、いくら親とはいえ、転ばぬ先の杖ばかりあたえていては、生きていく力を奪うばかりになるのです。
「痛い目」を見て、転んで、泣いている我が子に駆け寄らず、ぐっと我慢して、自力で起き上がるのを見守る、それはとても辛いけれど、それだけの力を与えてもきたはず、と、親も試される時期になったのです。

「今日ね、国語の先生が、どんどん痛い目を見なさい、って言ってた。自分で痛い目を見ないと、ほんとうにはわからないことがたくさんあるよ、って。
だからね、とにかく色々やってみようと思うんだよ。痛くても、まずやってみなくちゃ、って」

重たいバッグを背負い、よろよろと出かける息子の、いつのまにか、私よりも広くなってきた背中を見つめながら、どんな「痛い目」を見ても、ちゃんと起き上がれますように、と願う毎朝です。

(文:平野だい)

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