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我が家の教育方針
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読書の方法は二つある。
勝間和代氏がさかんに説いている速読がまず一つ。

私はかつて、副業で書評を書く仕事をしていたことがあった。毎週締め切りがあって、そのタイミングまでに10冊の本の概要と感想を提出しないといけない。
ひたすらしんどい。むちゃくちゃにしんどいのだ。
締め切りの前日は会社から帰ってきて、壁にもたれて仮眠を取る。横になって寝るとそのまま朝まで眠ってしまうからだ。
夜中の2時前に起きて朝まで頑張って、時間が余れば少し寝て会社に行くわけだ。
1週間に10冊も仕事の合間に本を読むとなると、どうしても斜めに読むしかない。

この時に早く本を読む技術を身につけたというか、悪いくせを身につけたのだった。

例えばこんな文章があったとする。

「私はいつもと変わることなく、まったく同じ時間に起き、いつものようにオートミールと濃いアイリッシュコーヒーを採り、歯を磨き、着古したスーツに着替えた。」

こんな文章を見たときに頭の中で勝手に要約してしまうのである。

「私は・・・起き・・・た。」

段落の最初と最後をぱっと見て、中間の語句は単に修飾語句であるということで切って捨て読まずに素通しする。それで大意はわかるのだ。
ビジネス書を読む場合はこれで大体事足りる。というかこんな読み方をして、時間を節約したほうがいい。なるべく早く読んでたくさんの本に目を通したほうがいいという勝間氏の論はビジネス書については正しいと思う。

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視点を転じてみる。

そもそも個人が犯した犯罪を報道する必要が、どこにあるのだろうか?という疑問がある。国家が犯した犯罪を報道することは、国民の知る権利として重要だ。しかし、個人が犯した犯罪を知る権利が我々にあるのだろうか?

犯罪現場、火災の現場、交通事故の現場には人だかりができる。これと同じで単に野次馬的興味に過ぎないのではないか?マスコミは野次馬的興味を満足させることで、ビジネスを成り立たせてきたのではないか?と、私は考えている。

個人が犯した犯罪を報道することの利益よりも、むしろ害悪のほうがはるかに大きいかもしれない。

無差別殺人は流行する傾向がある。それはなぜ流行するのかは別の機会に述べようと思うのでおいておくが、マスコミが報道しなければ模倣犯は生まれない。
自殺も同様で、芸能人が自殺したり、哲学的な自殺などが報じられると、模倣による自殺者が発生する。
殺人を犯す、自殺をするというのはもちろん個人の責任なのであるが、マスコミが報道しなければ発生しない事件は多数存在する。マスコミに責任がないということは決して言えない。

さて、まとめてみよう。


  • 実名を公開されてしまうことは、社会名誉を奪う刑を科すのと同じであるが、有罪が確定していないのに実施されてよいのだろうか?

  • どれだけ大きく報道するかはマスコミの自由に任されているが、このことは個人の名誉をどれだけ奪うかという量刑の決定権を持っているということに等しい。量刑について正当な手続きなしで決定されることが許されていいのか?

  • 有罪が確定したとしても、本当にその人が罪を犯したとは言い切れない場合がある。それであれば、同様に実名を公開することは許されないのではないか?

  • 実名報道をおこなうことにより、家族や親戚なども同様に苛烈な不利益をこうむるが、本人以外の名誉を奪うという刑罰は許容されていいのか?

  • どのニュースを報道するかはマスコミの自由に任されており、場合によっては恣意的に個人を社会的に抹殺することも可能である。

  • そもそも個人の犯罪を報道する必要があるのか?

  • 犯罪を報道することで模倣犯が発生する可能性がある。


というような問題点は顕在化せずに存在しているのである。

少年の実名報道云々という前に、これらの問題が内在していることを少しでも考えれば、軽々しく発言できないはずである。

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分かりやすいものは面白い。
とかく人間は白黒をつけたがるものだ。

マスコミの論調はまさしくこの上に成り立っている。
コメンテーターはまったく事件や、政治の現場などから無関係な安全なところにいる。物事の本質をわかってもいないのに、無責任にそれは正しくないと断定する。

実際に事件を起こした人には、同情に値する理由があるかも知れない。ひょっとしたら実際は逮捕された人は冤罪かもしれない。

決定に至った政策についても、やむにやまれぬ妥協の産物であることがほとんどだ。決定に至る苦渋の過程を知らず、知ろうともせず、一刀両断に切って捨てる。

さて例を挙げて、一刀両断にすることの危険性について論じてみたい。

実名報道の問題を例に挙げてみよう。
未成年者が残虐な犯罪を行った際に、実名を報道するかしないかという問題。

  1. 判断能力が十分でない少年の犯罪に対して実名を報道するのは酷である。また、更生して社会復帰する際の妨げになるため、報道すべきではない。

  2. 少年であるということを考慮に入れても、残虐な罪を犯したのであれば、報道されてしかるべきである。

この二つのいずれかに大多数の論調は集約される。またコメンテーターは2.を支持したいという立場を取ることが多い。
私はいつも思うのだが、どうしていつもこのような両極端になってしまうのか?と不思議なのだ。

もっと、深く掘り下げて考えてみると、
「そもそも、実名報道は必要なのか?」
という問題がある。

さらに言うならば、
「個人が犯した犯罪を報道することの意義は、どこにあるのだろうか?」
という問題に突き当たるのである。

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2月になり、受験とインフルエンザのシーズン真っ盛りですね。
我が家には今年受験生が一名おります。
学校は出来る限り公立、少なくとも義務教育は公立で、という我が家のポリシーなので、うちの子供たちにとっては、高校受験がはじめての入試になります。

公立中学の問題点は挙げればきりがありませんし、本当にいったいどうなっているの?と腹の立つことも山ほどあり、不公平極まりないこともいっぱいあります。
でも社会に出れば、そんなこともっとたくさんあるのです。
実際に息子は先生にありえないいじめを受けました。
それらに一つ一つ立ち向かったり、受け流したりする術を身につけながら、何とかここまで来ました。

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今年になってひとつ意識的に娘と取り組みはじめたことがあります。
それは「ビジネス(経済)感覚を身につける」ことです。

社会人なら日経新聞を毎日読むのはあたりまえ、という人には笑われそうな話ですが、私も娘もどちらかといえば、ドラマや小説、映画などのノンフィクションが好きなので、「好きなようにしていい」と言われればニュースを見るよりそういった作品性の高いものに走ってしまいがちです。

新聞のスクラップなどを行えば効果的というのはわかってはいますが、正直ちょっと敷居が高く長続きしそうもないので、もうちょっと簡単なことのほうが良いと思いました。

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