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我が家の教育方針
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今年になってひとつ意識的に娘と取り組みはじめたことがあります。
それは「ビジネス(経済)感覚を身につける」ことです。

社会人なら日経新聞を毎日読むのはあたりまえ、という人には笑われそうな話ですが、私も娘もどちらかといえば、ドラマや小説、映画などのノンフィクションが好きなので、「好きなようにしていい」と言われればニュースを見るよりそういった作品性の高いものに走ってしまいがちです。

新聞のスクラップなどを行えば効果的というのはわかってはいますが、正直ちょっと敷居が高く長続きしそうもないので、もうちょっと簡単なことのほうが良いと思いました。

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 年も明けていよいよ入試のシーズン。OSGのみなさんのなかにはお子さんが受験間近という方も数多くいらっしゃるのではないでしょうか。

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サンタクロースを疑う年齢になっても、子どもたちは当然のようにクリスマスには欲しいものが与えられていると信じている。そのために親がどれだけの思いをして日々稼いでいるかなどは全く思い至らない。世界恐慌並みの不景気だというのに、高額なおもちゃが必ずもらえると信じている子どもは少なくない。

世界には、そういった子どもたちの物欲を満たすため、過酷な環境で働かされている幼児もいるというのに。うちの息子が6歳の誕生日に貰ったサッカーボールは4000円近くするが、そのサッカーボールを作った5歳の子どもが手にする報酬はわずか15円という現実があるのに。その子どもたちにサンタクロースが来る日はあるのか。
いや、そもそもサンタクロースはほんとうに必要なのか。


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この記事には異論反論がいっぱいある人もいるだろう。
でも、こんな考え方もあると、まず「一旦は心に受け止めていただいて」から、反論をいただけると幸いである。

自分の父は中卒であるが、読書家であって忙しい仕事の合間をぬって老荘とか、史記などの中国の古典などをよく読んでいた。
その影響もあって、自分も本を読むようになったわけである。

ところがこの父は血の気が多く、激昂すると長靴をはいたまま子供を蹴ったりしたものだ。

しかしながら自分はこの父が決して嫌いではなく、今は尊敬しているのである。
まだ自分が独身だった頃に、父と子供の教育について議論をしたことがある。

20歳過ぎの頃の自分は対話主義者だった。
話せば分かるっていう考えである。

ところが、父は違うのである。

売春の是非の話になった時に、自分の見解として、
「何で、売春をしてはいけないのか、わからないので、売春をするなってことを子供に強制できない。」
と言ったら、
「売春をしちゃいけないっていうのは理屈じゃないんだ。じゃあ、お前に将来子供ができてもそう思うのか?」
「そう思うかもしれない。」
「本当にそうならお前は親にならないほうがいい。」
と言われたのである。

「いいか、売春を子供するってことになったら、そんなもんはぶん殴ってでもやめさせればいいんだ。理屈じゃないんだ」

この時の自分にはこの言葉の意味が正直よく分からなかった。
でも今の自分にはこれが非常によく分かる。

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 この記事をほぼ書きあがったタイミングで、ちょうど橋本府知事が携帯電話を学校へ持ってくることを禁止するという声明を出した。
 私はあまり時事問題について語るのは好きではないのだが、期せずしてタイムリーな話題になったわけである。
 
 さて、「学校裏サイト」「プロフ」などによる個人攻撃、有害サイトの問題がクローズアップされている。
 だから、携帯電話を買い与えてはいけない。という論調が現在盛んだ。子供の携帯の所持を規制する自治体の言い分もまさにこれである。
 「だから、携帯は与えてはいけない」「いやいや、フィルタリングによってブロックしてやればいい」「いやいや、それでもフィルターの網をくぐって裏サイトはドンドン作られる。」「もっと厳しくフィルタリングをかけるようにしよう。」
 といった議論が堂々巡りでなされている。

 この論点はもちろん重要なのではあるが、これは問題のほんの一部であり、最大の問題はほとんど議論されていないと私は考えている。

 未成年の頃にはもっと他にすべきことがある。

 精神の発達の途上においては、精神的な営みに時間を費やすべきなのだ。
 書物を精読する、絵画を描く、音楽に熱中する。
 その結果構築される精神の核は一生の財産となる。
 これらの営みを行うためには、まとまった時間が必要であることは皆さんも同意されると思う。
 
 5分間の細切れが12回あったとしても、1時間分の読書はできない。
 絵画を描くためには、描画される世界をまず自分の内面に取り込んだ後、今度は逆に外界に展開するために「描く」という作業を行う。内面世界に対象を保持し続ける持続時間が必要だ。
 音楽に熱中することも、音楽で語られているテーマを自分の中に取り込んだ後、自分の感情と重ね合わせることによる。れも音楽で語られる世界に没入するだけの時間がいる。
 
 これらの営為は、言い換えれば「持続する自己」との対話と言える。
 孤独な持続する対話を通じて、人間は人間としての己自身を作り上げる。

 携帯電話はこの持続する時間を、決定的に奪ってしまうことが問題なのだ。
 携帯はいつでも手元にあるが故に、電話がかかってくる、メールがやってくることに対して即座に応対することが求められる。
 かくして、現代人は携帯電話という束縛によって「自分ひとりである」貴重な時間を奪われる。
 結果、堅固な自己像を確立することに失敗する。強固な精神の土台がないため上に何かを積み上げることができない。ニートの増加は携帯電話の普及が大きく関係していると私は考えている。
 
 さて、この私の主張に対しいくつかの反論が考えられる。

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