
今月(2008年12月)のはじめ、『週刊ダイヤモンド』が「新聞・テレビ 複合不況」という特集を組みました(12月6日号)。近年、新聞やテレビの広告収益は右肩下がりでしたが、原油高騰やサブプライムローン問題に端を発する景気悪化の影響によって、マスメディアは崖っぷちに追い込まれているという悲愴的な認識が示されています。
それに対して、ちょうど同じ日に発売された『BRUTUS』で特集されていたのがYouTubeです(12月15日号)。2005年に設立されたばかりのYouTubeは現在、世界で約2億8000万人、日本では約2000万人が利用しているとされ、収益は非公開ながらGoogleの子会社として順調な成長を続けています。この特集ではYouTubeにまつわるさまざまな話題やお薦めの動画などが紹介されていて、誌面を眺めているだけで楽しくなってきます。
マスメディアからインターネットへ。時代の趨勢はもとより不可逆的なものですが、ここ数年、その勢力図があまりに急激に変化していることを、この二冊のコントラストが如実に示しています。
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テレビから離れない子どもたちの姿に、大人たちが眉をひそめていたのは遠い昔のこと。思春期の子どもたちにとっては、ケータイやパソコンのほうが身近なメディアになっていて、"テレビ離れ"が急速に進んでいます。
その一方で、近ごろ、家族で楽しめるクイズ番組や教養番組が増えていて、それなりの人気を集めているのも事実です。その背景にはさまざまな事情がありますが、家庭におけるテレビの視聴環境の変化が大きいようです。
テレビが「茶の間」の娯楽だった時代を経て、90年代までには1部屋に1台、あるいは1人1台といえるほど、家庭内に安価な受像機が浸透しました。ところが00年代、地上波のデジタル化と軌を一にして、液晶やプラズマといったデジタル対応の受像機が登場したことで、テレビは再び高価な商品になりました。こうした薄型テレビが2台以上あるという家庭はまだそれほど多くなく、ブラウン管よりも格段に鮮明な映像を楽しもうとすると、リビングに居なければならないというのが現状のようです。テレビが「茶の間」の娯楽としての地位を、一時的に取り戻したというわけです。
もっともこうした状況は過渡的なもので、これからのテレビはますます、高齢者を中心とする大人のためのメディアになっていくでしょう。じっさい来年度からは多くの放送局が、定年退職を迎えた団塊世代を意識して、ニュースやドキュメンタリーを強化した番組編成に大きく舵を切るようです。似通ったバラエティ番組が溢れている現状からすれば、このこと自体は必ずしも悪くないと思いますが、子どもたちにとっては果たしてどうでしょうか。
テレビはこれまで、親子のコミュニケーションをうながす触媒としての役割を果たしてきましたが、それが決して当たり前ではなくなっている今、幅広い世代に受け入れられる番組を送り出すために、放送局の人々には不断の努力が求められています。視聴者もまた、世代を超えてテレビの楽しさや奥深さを共有するためには、ほんの少しだけ、テレビとの付き合い方に意識的になることが求められる時代なのかもしれません。
そこでこの連載では、親子のコミュニケーションを媒介する手段という観点から、テレビというメディアを見つめ直すということに取り組んでいきたいと思っています。
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ところで、ネットレイティングス社が今年の春、ニールセン・オンラインのインターネット利用動向調査をもとに発表した分析によれば、日本におけるウェブサイトの総利用時間は1年前と比べて18%も上昇したのに対して、総ページ閲覧数は3%下降したそうです。
http://www.netratings.co.jp/New_news/News05232008.htm
これまで総利用時間と総ページ閲覧数は連動して右肩上がりの増加を続けていたのですが、最近の変化はとりもなおさず、ウェブサイト1ページあたりの閲覧時間が格段に長くなっていることを裏付けています。その原因は言うまでもなく、YouTubeやニコニコ動画に代表される、動画投稿サイトの普及によるものです。20世紀を通じてジャーナリズムの主役が新聞からテレビへと移り変わったように、インターネットの中で"活字離れ"が進んでいくのでしょうか。
インターネットとの関わり方自体が多様化している今、子どもたちに利用させる/させないという究極の選択ではなく、どのように接することが子どもたちの成長につながり、親子のコミュニケーションにとって有益なのかを考えなければならない時期にさしかかっています。
ケータイについても同じことがいえます。政府の教育再生懇談会は今月18日、小中学校へのケータイの持ち込みを原則的に禁止とする素案を首相に提出しました。大阪府教育委員会が既に同様の方針を示していることが大きく報じられ、賛否両論が巻き起こっていますが、あくまで利用させる/させないという所持の是非ばかりが問われているのが現状です。いずれは子どもたちがケータイを所有することが不可避という前提に立つならば、どういう使い方を子どもたちに期待し、それを親が支援するのかという前向きな議論がおこなわれていないのは奇妙なことです。
インターネットやケータイといったメディアに、思春期の子どもたちはどのような魅力を感じているのでしょうか。それにともない深刻な社会問題も生じていて、親として不安をかき立てられることがあるかもしれません。しかし見方を変えると、その魅力にはいったいどんな可能性が秘められているのでしょうか。この連載では具体的な事例にそくして、思春期のメディアの光と影の両方に光を当てていきたいと思います。
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最初の記事なので少し硬い話になりました。今回は自己紹介をする余裕がありませんでしたが、次回からは僕自身の経験や活動に触れながら、話題を広げていきたいと思います。
飯田 豊
若者のみならず私も日々YouTubeのお世話になっています。
滞在時間かなーり長いですよ。
思春期のメディアの光と影、社交辞令は抜きにしてもとっても興味深い内容です。これからも楽しみにしています。