
『ヤンキー文化論序説
』が発売されて2週間ほどが経ちました。数日前には打ち上げがあり、編者の五十嵐太郎さんをはじめ、暮沢剛巳さん、速水健朗さん、森田真功さん、磯部涼さん、南後由和さんたちとお会いしました。本書のまえがきで五十嵐さんが、「今回の執筆者は必ずしもヤンキー体質ではな」く、「彼らを分析するまなざしに、オリエンタリズム的なフィルターが介入しているかもしれない」と書いているように、誰ひとり(たぶん)ヤンキーだった過去を持っていないどころか、これまで「ヤンキー的なもの」と距離を置いて生きてきた人たちの集まりです。本書をブログで好意的に紹介して下さった橋本大也さんも、「多くの論者が自分はヤンキー体質ではなくて恐縮だがと前置きをしてから話を始めるのが特徴的である」と突っ込んでいます。
そんなわれわれがこういう本を出版するに至った背景について、再び五十嵐さんの文章を引用しておきます。「オタク系では積極的に言葉を語るオピニオン・リーダーが存在したのに対し、ヤンキーを代表する論客がいない。文化系の論壇における他者である。かといって、人口の総数が少ないわけではない。むしろ、サイレント・マジョリティというべき存在なのではないか。すなわち、モノを言わない大衆である。[...]東京のメディアから情報発信されることがない文化。これは見過ごされ、抑圧された日本精神の無意識である。したがって、ヤンキーを考えることは、東京なき日本論につながるかもしれない」。前回の記事で書いたように、ヤンキーは過剰表現をひとつの特徴としますが、その意味を当事者が語ることはほとんどないですし、多くの場合、表現者としての矜持を抱いて日々を過ごしているわけでもありません。そうした「表現」に目を向け、その無意識の深層を読み解くことに、僕はひじょうに興味を持っています。
メディア論を専攻している僕が普段、新しいメディアを積極的に活用した表現の可能性について実践的に考えたり、大学教員という立場も相まって、メディア・リテラシー教育に近い活動に取り組んだりしていることは、この連載でも紹介してきました。そんな僕が、どうして「ヤンキー的なもの」について考えているかというと、端的にいって、教育や実践といったアプローチの射程を踏まえ、それによってはどうしても捉えきれない現代文化の面白さや複雑さ、あるいは根の深い問題を見定めることにつながるという確信を持っているからです。

近年、サインペンやスプレー塗料を使った「落書き」被害が全国各地で報告され、社会問題として広く知られるようになってきました。その背景にあるのが、若年層を中心とする「グラフィティ」の人気です。グラフィティは1970年代以降、アメリカ発祥のヒップホップ文化に不可欠の視覚的要素であるだけでなく、現代美術やグラフィックデザインなどの領域に流用され、現在に至っています。それは一般的に「ヤンキー的なもの」として捉えられていますが、その一言では決して片付けられない、ユニークな文化を育んでいます。
階級や人種によって文化が規定されやすい欧米社会に比べて、日本においてはメディアが文化の構成に果たす役割が大きいと考えられています。そうした観点からみた場合、たとえば美術家や写真家が、大学や専門学校で専門教育を受けたり、それぞれの専門雑誌を介して情報交換をしていたりするのに比べると、匿名で活動しているライターたちの知識や経験が、当事者たちのあいだで広く共有されにくいことは言うまでもありません。かつては、ある市販のファッション誌のなかでロサンゼルスのグラフィティが精力的に紹介され、多くのライターに愛読されていたといいます。それに対して近ごろは、グラフィティの現場に身を置く人物たちによって自主製作されている雑誌が人気を集めています。「ピース」(masterpieceの略語)と呼ばれる精妙な壁画の写真を中心にページが構成されており、商業雑誌と比べて読者の広がりが限定的であるにも関わらず、ライターたちの共通感覚を媒介する役割を果たしています。こうした自主製作雑誌は、アメリカのパンク・ムーヴメントのなかで生まれた「ジン」の影響を受けていて、2000年前後からDTP(デスクトップ・パブリッシング)の普及と相まって、増加の一途を辿っています。ジンというのは、ヤレ紙にコピーをしてホチキスで綴じた冊子のことで、KINKO'Sが全米に展開した90年代以降、爆発的に広まりました。改めて強調しておくと、グラフィティは社会問題としての「落書き」と表裏一体の関係にあり、それゆえ僕は、そのあり方を全面的に肯定することはできませんが、ある種のリテラシーに覚醒している熟練者たちが、あくまで匿名性を保ったままで、たぐいまれなメディア表現を実践しているという現状は、純粋に驚くべきことです。
どうしてこのような表現が登場するに至ったのか、その歴史的な経緯や文化的な背景について、僕はこれまで考察を重ねてきました。どの程度うまく論じることができているか自信はありませんが、これまでの知見については以下の本にまとまっています。ご笑覧いただければ幸いです。
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