前回はテレビ番組の改編について話しましたが、講義が本格的に始まってしまった今、視聴時間がほとんどとれなくなってしまいました。気になる番組は録画していますが、週末も観る時間がなくて、今からGWが待ち遠しいです。
ところで、『ヤンキー文化論序説
』が今月に入って、日経、読売、毎日などの新聞書評、週刊文春などの雑誌で相次いで取り上げられ、ようやく話題になってきたようです。僕が書いているのはごく一部ですが、それにも関わらず、これに関連する仕事が立て続けに入ってきています。
以前に書いたとおり、この本はどちらかといえば、これまで「ヤンキー的なもの」と距離を置いて生きてきた人たちによって書かれています。僕自身もヤンキー気質ではなく、オタク/ヤンキーの二分法でいえば、間違いなくオタク気質の持ち主です。後学のためにテレビをたくさん観ている、というのは言い訳で、生粋のテレビっ子なのだと思います。ケータイを頻繁に買い替えているのも、2台を所有して使い分けているのも、研究のためというのは建前で、ガジェット(電子小物)好きが高じて・・・というのが本音です。
じっさい、「研究者とオタクは紙一重」、「研究者はオタクのなれの果て」なんてことがよく言われます。研究者が時として社会常識を欠いていることを、オタクに社交性がないとされることに準(なぞら)えて言い表した、どちらかといえばネガティヴな表現ですが・・・
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高校に入学する直前の春休みに、貯金をおろしてパソコンを買いました。当時は「マルチメディア」という言葉が流行っていたころで、家庭用のパソコンがずいぶん値下がりしていました。といっても、およそ20万円の買い物です。30歳になった今でも躊躇する金額ですから(笑)、15歳の僕にとっては大いなる決断でした。
中学3年の「技術」の時間に触ったのがきっかけで、コンピュータに興味を持つようになりました。大人が仕事に使うための道具にとどまらず、次第にコンピュータが身近な存在になっていることを漠然と感じてはいましたが、実際に触れてみたことによって、興味が沸騰したのでした。
CD-ROMドライブが標準で搭載されていたのが当時としては画期的でしたが、ハードディスクは付いていなくて、インターネット接続もできませんでした。Windows95が発売され、「インターネット元年」と呼ばれたのは、この翌年のことです。512MBのハードディスクが5万円で売られていて、これは翌年のお年玉で買い足しました。ただ、今から振り返ると様々な制約があるなかで、なるべくお金を掛けることなく、どれだけのことができるだろうかと奮闘していました。マウスを不器用に動かしてCGを描いてみたり、ごく単純な音楽やゲームを制作してみたり・・・。質の高い作品を目指すことよりも、自分のパソコンの性能と向き合い、その可能性を最大限に発現させることに夢中でした。
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こうした好奇心は現在の活動においても、まったく変わっていないように思います。これまでにも述べてきたように、僕はここ数年、ケータイの文化論に取り組んでいます。「安全」で「正しい」使い方を説くばかりでなく、ケータイを徹底的に遊び倒すことで、通信事業者も想定していない新しい使い方を編み出したり、逆に危ういことがらに気付いたりするという道筋もあるはず。高校時代に培った好奇心が、今の研究や教育に息づいています。
子どもがオタク気質を発現させるのも、あるいはヤンキー気質を発現させるのも、親の立場からすれば喜ばしいことではないかもしれません。しかしどちらも、現代社会を生きる日本人を特徴付ける宿命的な気風であり、それを大人になって活かすこともできれば、足枷になってしまう局面もあるのでしょう。すべての子どもに通用する「正しい」教育というものがあり得ない以上、子どもに備わった気質にあらがうことなく、それを活かす道を一緒に探ることが大事ではないかと思います。
「ヤンキー文化論序説」購入しました!
読書感想文はまた書きますが、以前、飯田先生が
静かに熱く語っておられた内容が気になって
仕方が無かったので、ようやく手にすることが
でき、嬉しく思います。
私の夫も小学生の頃からパソコンが好きで、
趣味が高じてラオックスでバイトし、そのまま
IT業界に入ってしまった人ですが、義母や義姉は
そうとう心配していたようです(このままひき
こもりになる、など)。
何事も情熱があればプロへの道に通じるということでしょうか。
これからも先生の研究から目が離せません!
daiさん、ご無沙汰しております。
お返事が遅くなってしまってすみません。
『ヤンキー文化論序説』、お買い上げありがとうございます。
そういえば年末に電話で語りましたねー。
共著者の方々の論考を読んで初めて気付いたことがあまりにも多いので、拙稿については後悔も大きいのですが、あくまで前向きに、次のステップを考えているところです。