前回の記事で予告をしたとおり、10月31日(土)に広島アステールプラザで開催された「広島県高等学校PTA連合会広島県大会」において、パネルディスカッションに参加してきました。この記事の表題にしていますが、「思春期におけるICT 〜よりよい関係の構築を目指して」というテーマで、とりわけケータイの問題について、広島県立安西高等学校生徒指導主事の先生、広島市立広島商業高等学校のPTA会長、広島県教育委員会事務局教育部指導第三課生徒指導係長、そして僕がパネリストを務めました。
他のお三方は、それぞれの立場を代表されている感じですが、僕は誰に気を遣うこともなく、自由に発言することができたと思います。終わったあとの懇親会の席上で、多くの方から「飯田先生の話は、他のパネリストの方々が言ってることと違う方向を向いていて、インパクトがありました」といった評価をいただきました。「噛み合ってなかった」とも言い換えられる評価ですが、「あまり聴いたことのない話で、率直に面白かった」と言って下さる方が多くて、ひとまず安堵しました。PTAが主催するパネルディスカッションというと、互いに討議をするというよりもむしろ、筋書きに沿った予定調和的な展開が一般的らしいので、僕の発言は暴走気味に捉えられたようです。他のパネリストの方も、打ち合わせで言ってなかったネタを僕が話すとは思っていらっしゃらなかったようで、たいへん驚かれていました。
僕が話したことというのは、おおむね、この連載で過去に書いてきたようなことがらです。まず、これからのケータイのあり方を技術の面から考えるのではなく、社会や文化の面から考えるというのが、僕の研究テーマのひとつであることを述べ、その例として、南海放送で取り組んだ実践活動を紹介しました(→【第3回】、【第4回】)。そして、子どもたちのケータイ利用を取り巻くリスクについては、その系統を整理した上で、有効な対策について説明しました(→【第13回】、【第16回】)。85分のプログラムだったのですが、僕が一人で半分くらい喋ってしまいました。
実のところ、われわれのパネルディスカッションに先立って、広島市電子メディア協議会の会長さんによる講演がおこなわれていて、そこでもケータイのリスクが話題の中心でした。モバゲータウンや前略プロフィールなどを映示しつつ、それらのリスクについて具体的にプレゼンされたということもあり、僕がバランスをとらなければという使命感にも駆られ、暴走気味に話をしたのでした。
前回の記事で予告したとおり、いい歳をした大人が、先端的な技術の話にいつまでも付いていくのはそもそも無理で、だからといって、分からないという現実に開き直ることなく、そのことはさっぱりあきらめた上で、もっと基層的な問題に視線を移そうということも話題になりました。僕が強調したのは、ケータイの利用に関して、ささいな失敗を恐れず、試行錯誤ができる場を家庭でいかに担保できるかが大事だということです。たとえば、暴論かもしれませんが、子どもが利用しているケータイに対して(架空ではない)高額の請求が来たとしても、たった一度の失敗が、親子でケータイの使用ルールを話し合うきっかけになるのであれば、決して高くない勉強代といえるかもしれません。ケータイそのものが悪いのではなく、どのような状況、どのような環境で利用するかが重要だということは、こうして口で言うのは簡単なのですが、家庭ごとの事情に応じて具体的に考え、親子のあいだで合意と信頼を形成しないと意味がないのです。
なお、今回の行事に参加させていただいたことで改めて考えさせられたのは、PTAというシステムの特異性と可能性です(これまで正直、僕には縁遠い存在だったのですが・・・)。このことについては、また別の機会にじっくりお話ししたいと思います。
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