
7月23日(金)、広島市内の行者山太光寺というお寺で、小学生を対象に、ケータイについて考えるワークショップをおこないました。お寺としか聞いてなかったので、行ってびっくり。ガラス張りの施設の豪華さもさることながら、瀬戸内海の島々が一望できる抜群の眺望でした。

この日のワークショップは「ドコモ市民活動団体への助成事業」で、NPO法人子どもコミュニティネットひろしまが委託先になった催しです。NPO法人子ども文化コミュニティの高宮由美子さん、東京大学大学院博士課程の金ヨニさんと一緒にプログラムを考え、これを実施しました。ワークショップの流れは以下のとおりです。

まず、参加者を3〜4名のグループに分けた後、ケータイを触ってみながら、その中にどんなモノ(機能)が隠れているかを探し、その絵をなるべくたくさん、小さな画用紙に書き出していきます。そしてある程度書けたら、画用紙を模造紙に貼っていきます。出来上がったら、お互いの模造紙を見比べ、その内容を子どもたちに発表してもらいます。できればこの段階で、ケータイの中に詰まっているモノをみながら、使い方によってはどういう危うさがあるか、どういうことに気をつけなければならないかを話しあうのが望ましいのですが、今回は時間の関係で見送りました。

そして次は、これから先、ケータイの中にどんなモノ(機能)が入っていけばうれしいかを考え、その絵を画用紙に書き出していき、先ほどと同じように、ある程度書けたら模造紙に貼っていきました。

携帯電話から手紙(メール)を送ったり、写真を撮ったりできるようになったのは90年代末、今の小学生がまだ生まれていない頃のこと。ケータイはいまや、携帯できる電話であることを超えて、手紙やカメラだけでなく、ビデオカメラ、時計、電卓、財布といった可搬物の機能を次々と取り込み続けていて、テレビやパソコンの代わりにも使えるようになりました。時計といっても、持ち主によってさまざまな状況下で、目覚まし時計、腕時計、キッチンアラーム、ストップウォッチなどの代用品として使われていることでしょう。
このワークショップでは、ケータイを徹底的にいじり倒すことを通じて、子どもたちがその組成を体験的に理解することを目指しました。ケータイをひとつのメディアとして実体的に捉えるのではなく、その成り立ちを構成的に把握することを通じて、その社会的な位置づけについて考えるためです。
また、ケータイは現在、子どもたちにとって危ないものであると言われており、全国の小中学校では原則として持ち込み禁止となっていますが、ケータイそれ自体を危ないものと決めつけてしまうのではなく、いったいケータイの「どこ」に危うい可能性が潜んでいるのかということについて、主体的に考えるきっかけにしたいと思いました。

プログラムの設計自体はおおむね成功で、細かいバージョンアップは必要だけど、今後も各所で活用できる内容でした。ただし今回は、小学生(とくに男子)のフリースタイルっぷりを甘くみすぎていて、小学生に背後を取られないように気を張り、急所を防御しながらのファシリテート。まさに格闘でした。子どもたちから元気をもらった、と言いたいところですが、すべて吸い取られたような......(苦笑)。
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