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マインドサポート代表 高橋聰典から見る「社会的背景と歴史から見る現代の子育て ~親の自律と子供の自立~」 高橋聰典プロフィール
2009年8月

僕は20代の時、ニート・フリーターでした。

・・・というとまだ聞こえは柔らかいですね。

実はニート・フリーターの背後に隠れているものがあります。

それはアダルトチルドレンというパーソナリティーです。

簡単にご説明すると!

子供の頃のトラウマや満たされなかった思いを、大人になった今も潜在意識の奥深くに抱え、無意識的に心に負担を抱えるようになったり、上手く快適に生きていけない状態です。

そしてネガティブな思いに囚われたり、感情の爆発や抑制が利かないことがあったりします。

精神的なものから来る慢性胃炎や頭痛、または鬱やパニックを引き起こします。

行動的にはわたくしのように社会人になれない状態や、アンダーグラウンドな世界へ依存してしまう。

また前回お話した『子供に依存する』も基本は背後にアダルトチルドレンというパーソナリティーが潜んでいます。

 

このブログの初めの方に記載しましたが、日本人の生き方そのものがアダルトチルドレンを作っていると言っても過言ではないのですが、そのあたりはまた改めて!

 

さて・・・『自分と向き合う』ですが...

以上のような症状や状態は、苦しいですよね~

しかし現実と向き合う!自分と向き合う方が、はるかに苦しいのです。

ですので上記のような症状や状態の方がまだマシと思ってしまいます。

もちろん無意識下で・・・

 

自分と向き合うとは、自分の歪んだ部分を受けいれるということです。

怒り

悲しみ

愛されていない感

恨み

とりつくろう自分

強がる自分

見捨てられるのではないかという不安

他人と親密になることへの恐怖

嘘を付く自分

偽りの仮面を被っている感

自分が何者なのかが分からないのが怖い

社会人って何?という疑問

今さら・・・といった感覚

人と同じではないことが、とても不安になる。

人と違うことが、おかしいと思ってしまう自分。

などなどなど

こういったものを『これは自分のもの!』とする。

 

例えば子供が虐められて帰ってきた時の自分と向き合わないパターン

①あなたはまず子供に何があったのか?を問い詰める。

しかしそれは、子供ではなくあなたが不安だからです。

その不安を解消したいが為に子供を問い詰める。

②子供が白状すると相手の子供やその親、はたまた管理不行き届きだと学校へ文句を言いたくなる。

しかししれも子供ではなくあなたの怒りです。

うちの子になんてことをしてくれたんだ!というあなたの怒りを解消したいから。

③文句を言ってスッキリしたあなたは、いつまでもグズグズしている子供を叱る。

「いつまで泣いてるの!」とか「もういいかげん忘れなさい」とか・・・

これも子供を勇気づけているのではなく、自分の感情の処理はついたので、いつまでもウダウダしている子供が面倒になっただけ!そしてイライラしだす。

④今度は子供にあたり、自身の感情をまたまた解消しようとする。

⑤あとはもう繰り返すだけです・・・(-_-;)

 

では自分と向き合うパターン

①子供が虐められたことで自分が不安を感じていることに気づく

②それは子供の気持ちではなく、自分の気持ちだということを知っている。

③どうして自分は子供がいじめられると不安や怒りを感じるのかを探ることができる。

④その自分の気持ちのルーツを見つけ、解消しようと学ぶ(カウンセリングやセミナーで)ことをする。

⑤どんどん生きていきやすくなる。

⑥自分が幸せになる。

子供に対して・・・

①自分の感情は置いておいて子供の立場になって接することが出来る。

②子供の感情を満たすことができ、子供自身の責任は子供自身に取らせるような毅然とした対応が出来る。

③その親の対応は子供にとって勇気づけであって、コミュニケーションや社会を学ぶ良い機会となる。

④親は情報やスキルを教えたり、ヒントや影で支えることは必要だけれど、子供の全ての責任を取ってしまうことは子供の自律を阻害していることを体感覚として知る。

 

と、ま~文字で書くと簡単ですが、非常に苦しい作業です。

今回長くなってしまったので、私が、どのようにしてアダルトチルドレンを克服したのかは次回からお送りいたします。

ぜひ参考にして頂ければ幸いです。

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さて親がなぜストレスを抱えてしまうのか?の二つ目の理由『子供に依存していれば自分の心の歪みを見なくて済む』についてお話いたします。

 

依存と聞いてしまうと、病的なイメージを抱いてしまう方もいるかもしれませんが、決して病理というわけではありません。誰しもが何かに依存しています。

 

しかし歪みがあることは確かですし、子育てというオブラートに包まれ、依存や歪みを自覚しづらくさせていることは少々厄介です。

 

まずなぜ依存なのかをいくつかを参考にして考えてみましょう。

アルコール依存症(アルコールを飲まずにはいられない衝動)

ギャンブル依存症(ギャンブルをせずにはいられない衝動)

薬物依存症(薬物を使用せずにはいられない衝動)

恋愛依存症(相手の行動を把握し束縛せずにはいられない衝動)

子育てに依存しているということ(子供の問題に介入せづにはいられない衝動、行動をコントロールせずにはいられない衝動)

 

つまりどれも衝動によって『~せずにはいられない』という気持ちになってしまうということです。そういった意味では過保護・過干渉的な子育ても依存と呼べるのです。

 

子供に依存の例として具体例も付け加えておきましょう。

『子供が虐められた時、文句を言わずにはいられない』

『子供が勉強しない時、注意せずにはいられない』

『子供がいうことを聞かない時の怒り(コントロールせずにはいられない衝動→その衝動が満たされない不満から怒りが湧く)』

などなど

 

次に『依存』と『一生懸命子育てする』の違いについて少しお話しておきましょう。

上記の事は全て親自身の気持ちを満たすための言動で、子供の気持ちが蔑ろになっているのです。

子供にとって何が一番学びになるか?ではなく自分(親)の不愉快を解消するのが優先されている。

親側から見ると、『あんたの責任を親である私がとってやったんだから感謝しなさい。』と思いがちですが、子供にとっては、望んでいないことを親がして、自分の悲しい悔しい気持ちは蔑ろにされ、更には『自分には問題(虐めやケンカ、その他の問題)を解決する能力がないのだ』という自信の無さを植えつけられ、ることになってしまいます。

だから子供が親に悩みを打ち明けなくなるのです。

だから親に内緒で行動するようになるのです。

 

そしてそれがなぜ親自身の心の歪みを見ないことになるのか?ですが、これは単純です。

アルコールでもギャンブルでも薬物依存症でも恋愛でも子育てでも、自分以外の媒体に依存していれば、自分と向き合わなくても済むということです。

逆にいうと向き合いたくない自分がいるから、媒体に依存するとも言えます。

これを詳しく説明するには、まず『自分と向き合う』ということを説明しなくてはなりませんね。

それは次回わたくしの例を基にお話させて頂きます。

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